talk about kupu sauna|STORY03 kupu sauna から広がる、 サウナ空間の未来予想図
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kupu sauna の完成はゴールではなく、新しいサウナ空間提案のスタートライン。サウナ室、水場、ととのいチェア、そしてそれらを含む空間全体のデザイン。木工メーカーとサウナブランド、プロダクトデザイナーの3者が組むことで生まれたクラフトサウナ。サウナをめぐる文化がどこまで広がっていくのか──これからの物語は、まだ始まったばかりです。

ーーーkupu sauna ができて、これからどんな広がりを描いていますか?
山中:今はまだ、サウナ本体と、ととのいチェア、水風呂の構想…といった“基本セット”の段階ですが、目指しているのは「空間そのもののプロデュース」です。
サウナ室・水場・ととのいの場、この三点セットがきちんと設計された時に、体験は一気に変わる。それを、インドアでもアウトドアでも、個人宅でもホテルでも、オフィスでも提案できるようにしたい。
揚松:すでに進行している案件でも「サウナだけ」ではなく、「サウナのある部屋を丸ごとマルニさんでつくり直そう」という話になっているプロジェクトも進行しています。
ベンチやチェアも含めた“マルニの木工の世界”の中に、ONE SAUNAのサウナがある。BtoBの現場でも、お客様に対して「サウナ+空間」の価値をセットで届けられるのは大きいと思います。

熊野:家具だけだと、どうしても「スタイリングや空間」に依存する部分が大きいんです。今回は、サウナという“文化そのもの”をどう見せられるか、というスケールで考えられるのが面白いところ。
kupu sauna を核に、ととのいチェアや水風呂、周辺家具、テキスタイル…と世界観を広げていくことで「このサウナを入れたら、こういう時間と風景が手に入る」という物語まで一緒に提示できるようにしたいですね。

ーーー社内や工場での活用イメージもあるんですよね?
山中:はい。僕のささやかな夢は、自社工場にサウナと食堂を作ることです(笑)。
夏は暑く、冬は寒い木工の現場で働く人たちが、終業後にふらっとサウナに入ってすっきりして帰る。普段はあまり話さない職人同士が、裸で世間話をしている。そんな“憩いの場”としてのサウナが社内にある風景を、本気で実現したいと思っています。そこから一般開放して、地域の人とも交わる場にしていけたら最高ですね。
揚松:海外にも、kupu saunaを持って行きたいですよね。
山中:そう。もともとサウナはフィンランドの文化ですが、日本人は「輸入した文化を自分たち流にアレンジして、また外に返す」のが得意です。
kupu sauna をフィンランドやエストニアに持っていったら、きっと驚かれると思うんですよね。「家具メーカーがここまでやるのか」「こんなディテールのサウナがあるのか」と。
日本発の“クラフトサウナ”として、ある意味での逆輸入ができたら面白いですよね。

熊野:日本のサウナ文化には、「熱波師」「整う」みたいに翻訳できない要素もたくさんあります。
フィンランドで培われたサウナの原型に、日本独自の感性と木工技術を掛け合わせる。kupu saunaは、その交差点に立っているプロジェクトだと思っています。ここから先、どんな人や場所とコラボレーションしていくのか、自分たち自身もすごく楽しみです。
揚松:サウナを買ってもらうことがゴールじゃなくて、そこから始まる時間やコミュニティまで含めて一緒につくっていきたいです。
ONE SAUNAとマルニ木工、そして熊野さんの3者で、「サウナを通じてどんな未来が描けるか」。kupu saunaは、その問いを投げかけるための“装置”でもあるのかなと思っています。
STORY01-国産材の課題から、サウナという答えマルニ木工×ONE SAUNA の出会い へ
■PROFILE

熊野 亘
プロダクトデザイナー。2001-2008年にフィンランドへ留学、帰国後Jasper Morrison氏に師事。2011年にデザインオフィス“kumano”を設立し、環境、機能性、地域性など、背景のあるデザインをテーマにNIKARI、CAMPER、カリモク家具、天童木工などの国内外のメーカーとプロジェクトを手掛ける。2021年にスイスのローザンヌ州立美術学校(ECAL)にて教鞭をとり、同年秋より武蔵野美術大学准教授に就任。

株式会社マルニ木工 代表取締役社長
山中 洋
1971年生まれ。1994年明治大学商学部を卒業後に渡米。1998年米国オールドドミニオン大学経営大学院を卒業後に帰国し、1999年株式会社マルニ(現 株式会社マルニ木工)に入社。入社後まもなく英国の提携工場にて家具製造の基礎を学ぶ。帰国後は営業職を経て社内の様々な機能改革に従事し、「MARUNI COLLECTION」、「MARUNI60」等、外部デザイナーとの企画を積極的に推進。ブランド戦略や商品企画、セールスプロモーションの構築に携わり現在に至る。2021年株式会社マルニ木工代表取締役社長に就任。2015年家具の修理を専門とするグループ会社の株式会社マルニファニシング代表取締役社長に就任。

株式会社Libertyship 代表取締役
揚松 晴也
1986年宮崎県生まれ。航空整備士、調理師、アラタナ、ZOZOグループでのEC事業部長などを経て、2019年に独立。 グローバルECやWEBメディアのコンサルティングを行う一方、地域資源を活かしたライフスタイル事業を展開。国産サウナ「ONE SAUNA」のローンチや、「AOSHIMA BEACH PARK」の運営等を手掛ける。 2024年より宮崎交通と提携し、「こどものくにビルドアッププロジェクト」を始動。「AOSHIMA PICNIC CLUB」としてグランピング施設やベーカリーレストランを有する、宮崎の新たなランドマークづくりに取り組んでいる。
Photos:Norio Kidera
Edit:akira yamamoto